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天才は1%の才能と、1%の努力、98%の運。

March 11, 2016

 「天才は1%のひらめきと99%の努力」という言葉があるけど、自分はこの言葉に対して懐疑的だ。

 例えば、受験生が東大を目指すとする。IQ80の生徒は、IQ120の生徒との差を、努力によって埋められるだろうか。IQは後天的に伸びるという説もあるけど、努力によってカバーできるのであれば、世の中に知的障害者は存在しないことになる(厚生労働省の基準では、IQ70以下を知的障害の区分としている)。


 IQは、まだ数値化されていてわかりやすいけど、絵の才能や、音楽の才能、スポーツの才能等も、数値化することができたなら、努力では到達できない領域があるんだと思う。そして、その領域は個人によってかなり違う。

 個人が、「自分は努力が足りないんだ」と思うことは構わないんだけど、それが他者から「お前は努力が足りないんだ」と言われると、途端に暴力的なニュアンスが含まれてくる。残念ながら、世の中には、大した努力もしないで結果を出してしまえる天才がいるのと同じぐらいの割合で、どんなに努力しても結果に繋がらない人もいる。

 そして、「努力できるかどうか」については、環境からの影響がかなり大きいと、個人的には考えていて、例えば、無我夢中で努力しても、何度も「無駄」と吐き捨てるような家庭環境で育った子供は、どんどんモチベーションを失っていくと思うし、一度壊れたモチベーションは、復活させることが相当難しい。

 

 


 悲しいことに、才能をもって生まれたかどうかは運。努力できるかどうかは環境。そして、幼少期の環境は自分では選べないので、やはりそれも運であると言える。

 「それを言っちゃお終いよ」と思うかもしれない。だけど、ある程度の年齢になると、人は自分で「環境」を選べるようになる。それだけが唯一の希望だ。ただ、その環境を選べる状況になったとき、「自分で選ぼう!」と思えるかどうかは、それまでどう生きてきたかに影響される。

 つまりは全部、運なのだ。

 それらを知った上で、自分はどう生きたいか。

 僕は、出会った人が才能を存分に発揮し、存分に努力できる環境を作りたい。他者と比べて、優れているか、劣っているかではなく、その人の120%、150%を引き出せるような人間でありたい。

 

 全力を尽くした結果なら、例えコールド負けだったとしても、勝者だ。

 

 

 

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