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誰もやらないからこその希少価値。役に立つことしかやらない人間には、何の魅力もない。

March 19, 2016

 教師時代、よく生徒に「数学なんて何の役に立つの?」って聞かれてたけど、「役に立つか立たないかは、勉強した人にしかわからないよ」と答えてた。
 数学だけに限らず、勉強した人は多かれ少なかれ人生のどこかで「あ、これあのときやったやつだ」という場面に遭遇する。だけど勉強しなかった人は知識がないのでそのことにさえ気付けない。
 気付きの場面というのは人それぞれ違うから、具体的に「こういうときに役立つよ」とは言えないし、仮に自分の例を挙げたとしても、人それぞれ歩んでる人生が違うから、共感を得ることは難しい。

 大学時代もよく友人から「何で大学にきてまで、わざわざ数学なんてやってんの?」って聞かれてて、そのときは単純に「数学の成績が良かったから」と答えてたし、自分でもそう思ってたんだけど、今にして思えば、誰もが嫌う学問だからこそ、やる価値があったんだ。
 うちの大学は文系理系合わせて数千人の学生が同学年にいたんだけど、そのうち数学科はたったの20〜30人程度。さらに教員免許を取る人間はその半分以下。教職から離れて5年以上経った今でも、毎年この時期になると非常勤講師の依頼電話がかかってくる。つまりは希少価値。誰もやりたがらないことは、ただやるだけで価値が出る。大学での成績は下の下だったけど、それでも自分の武器になった。

 逆に言えば、「役に立つこと」なんてのは、大抵の人が認知しているものだから、身につけたところで仕事には直結しにくい。役に立つことしかやらない人間には、何の魅力もないからだ。


 でも在学中は自分でも思ってた。「教師になるから意味はあるけど、そうじゃない人にとっては、人生で何の役にも立たない学問だな」と。

 

 だけど違うんだな。そもそも問いが間違ってる。「何の役に立つか」ではなく「どうやって役に立てるか」なんだよな。
 数学だけにとどまらず、人生経験全てにおいて。

 

 

 

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