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努力によって克服出来るものって、世間が思っているよりも、ずっと少ないんじゃないだろうか。

April 2, 2016

 こう言ってしまっては何だけど、自分は没頭するものがない人の気持ちがよくわからない。物心ついたときから、絵を描けばすぐに「画家になる」と言っていたし、歯医者に行けば「歯医者になる」、宇宙の図鑑を見れば「宇宙飛行士になる」、バンドをやれば「ミュージシャンになる」、部活で水泳部だったときは「オリンピックに出る」等と周りに言っていて、常に「何かをやる」ということは、仕事に直結するものだと思い込んでいた。

 

 一度没頭すると、それを仕事にすることばかりを考えるので、お金も時間も、そのほとんどを費やすことになる。なので趣味というものがない人生を送ってきた。「プロになる気はないけど、ほどほどに楽しめたらいい」という感覚があまりない。なので、逆に言えば、プロになれないとわかった(諦めた)瞬間に、それまで没頭してきたものを、何の未練もなく一瞬にして捨てることが出来る。バンドを7年ぐらいやってたんだけど、プロになれないと悟った瞬間に、その日からの練習時間はゼロになった。

 

 で、これって何だろう、没頭できるものがある人とない人の違いは何だろうってことを考えてみたんだけど、これに関しては、世間でいうところの「家庭環境」はあんまり関係ないんじゃないかと思ってる。

 

 劣悪な家庭環境で育った人でも、没頭できるものがある人はたくさんいるし、恵まれた家庭環境で育った人でも、やりたいことがなくて悩んでる人って結構いる。自分が肌で感じた直感だけど、没頭と家庭環境の因果関係はあまりないように思う。

 

 で、この前、ツイッターのタイムライン上で、「全ての人は自閉症の遺伝子を持っている。全ての人がスペクトラムの上にいる。」という記事が流れてきて、リンク先は海外のサイトなので詳細についてはよくわからなかったんだけど、仮にこのタイトルの通りの記事だとしたら、没頭できるかどうかって、自閉傾向の強さによって決まるんじゃないかと思った。

 

 自分はネット上のアスペルガー診断をやっても、当てはまる項目が多数あるし、ニキ・リンコさんの本を読んでも、何だか子供の頃の自分のことが書かれているような感覚におちいって、かなりの部分で共感出来るんですよね。で、周りの人に聞いても、共感出来る人って、意外に多い(かといって自分が今、心療内科に行けばアスペルガーと診断されるかというと、多分されないと思う。自分の場合は年齢的なものや、人生経験で、そういう傾向は随分おさまってきたように感じている)。

 

 だから、「全ての人がスペクトラムの上にいる」という記事は、体感的にもかなりしっくりきた記事だった。

 

 で、ここからは個人的な仮説なんだけど、仮に「全ての人がスペクトラムの上にいる」として、何かに没頭できるかどうかというのは、自閉傾向の強弱によって決まるんじゃないかってこと。

 

 自分もそうであるように、没頭できるものがある人は、こだわりが強かったり、許せないものも多い傾向にある気がする。

 

 だとしたらそれはもう、遺伝子レベルの問題で、大人が言う「好きなものを見つけろ。没頭できるものを見つけろ。」って言葉は、無意味な言葉なのかもしれないなと、ふと思った。

 努力によって克服出来るものって、世間が思っているよりも、ずっと少ないんじゃないだろうか。

 

 

 

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