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「好きにすればいい」の温度。

April 29, 2016

 自分は、人に対してはかなり寛容なほうで、まぁ基本的には自分が攻撃されない限り、人を攻撃することってほとんどない。時間にルーズな人にも、話が長い人にも、挨拶ができない若者にも、全然イライラしない。悪意が垣間見えるときは別だけど、人はそれぞれ得意不得意あるし、ミスすることもあるし、もちろんそれは自分にだってあるから、「まぁお互い寛容にいきましょうよ」って空気が心地いい。

 

 もちろん間違った行動をしている人には、ちゃんと言う。「こうすればいいんじゃないか」と提案の形をとったり、対話形式にしたり。だけど、その上で、その後どういう行動をとるのかは、その人自身が決めていい。怒りをぶつけて、無理矢理人の言動を変えさせようとは思わない。

 

 

 

 

 人によっては、寛容すぎて冷たいと感じる人もいるようだけど、「寛容」を「冷たさ」と感じる人は、他人に依存しすぎてるんじゃないかと最近思っていて。自分の言動なのに、その正しさの判断を他人に委ねてしまってるんじゃないか。怒られたり、褒められたりしないと、自分の正しさに自信が持てなくて不安になってるんじゃないかと。

 

 

 

 

「好きにすればいい。」

 

 

 

 

 この言葉を温かく感じるか、冷たく感じるか。人によって感じ方は違うけど、よく考えれば、本当はただの常温でしかないはずで。

 

 人は居心地が悪くなれば離れていくし、居心地がいいなら一緒にいる。だけど、誰かと一緒にいたいからと、自分の言動を制限するのは何となく違うんじゃないかと個人的には思っている。人がたくさん集まってるほうが正しいなんて思わない。例え居心地が悪くなって、あなたの元を離れても、あなたが自分の好きなように生きているなら、尊敬の念だけは残る。

 

 

 

 

 

 

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