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型にはめられるのではなく、自由に生きて、自分に合う型を探しに行く。

April 28, 2016

 自分は結構、自己肯定感の高い人間だと思っているんだけど、今日、そんな自分でも眩しく見えてしまう程、自己肯定感の高い人と対話する機会があって、自分のことを肯定出来るようになったきっかけについて話してみたら、2人とも「コミュニティの外に出たこと」で意見が一致した。

 

 人は常に何かしらのコミュニティに属している。それは家族だったり、学校だったり、職場だったり、友達だったりする。その中で、無意識に自分の立ち位置を判断し、そこで求められている役割を演じているわけなんだけど、同じコミュニティの中にいると、その役割の外にはみ出すことが難しくなってくる。そうなると、本来の自分と、他者から求められている自分とのギャップに苦しんで、「本来の自分」は他者から求められていないと思い込み、自己肯定感が下がっていく(ここでいう「本来の自分」とは、自分が最もラクな自分のこと)。

 

 でも、そこから一歩外へ出て、新たなコミュニティの中に入った時、思い切って「本来の自分」をさらけ出してみると、意外と受け入れてもらえるんですよね。いや、もちろん受け入れてもらえないケースもあるけど、その場合はまた新たなコミュニティに入っていけばいい。そうやって自分の「居場所」を探しにいくのが重要で。

 

 そしてあるとき気付くんです。コミュニティに合わせて、自分を変えるのではなく、自分にあったコミュニティを見つければいいんだと。

 

 だけど、初めの一歩は相当怖い。自分をさらけ出して、受け入れてもらえなかったら、自分の人間としての価値を否定されたことになるんじゃないかと思うから。でもそんなことは決してなくて、例えそうなったとしても、ただそのコミュニティが自分に合わなかっただけの話。

 

 じゃあ、僕にとっての「コミュニティの外」というのは一体何かというと、それはSNSで。

 

 あるとき、SNSで自分の考えを、包み隠さず発信すると決めたんですよね。そしたら徐々に賛同者が現れて、逆に自分の考え方と合わない人は、次第に離れていきました。

 

 自分を演じてまで受け入れてもらおうとした相手って、結局自分とは合わなかった人なんです。合わない人に無理矢理合わせたって、そこから得るものなんて、その労力からすれば、全然見合わないほどのものでしかなくて。だったら価値観の合う人と、同じ目標に向かって、一心不乱に突き進めばいい。

 

 他人に合わせて生きるには、人生はあまりにも短かすぎる。

 

 

 

 

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元教師が描く、教育現場のリアル!!

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