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「依存シリーズ」最終章。

May 7, 2016

 自分にとっての幸福論は、『コンプレックス』と『依存』の克服であると、以前にもブログに書いたけど、コンプレックスについては、ほぼ克服したと思ってるし(『コンプレックスとは、執着心のこと。』参照)、対人関係における依存についても、克服したとは言い切れないものの、この方向で進めていけば、克服できそうだという感触がある(『一人で生きていきたいなら、仲間を作れ。』『型にはめられるのではなく、自由に生きて、自分に合う型を探しに行く。』『「好きにすればいい」の温度。』『僕は「愛」とは「自制心」だと思っている。』『依存について考えてみた。』『嫌いなものや、苦手なものをいかに克服するか。』『嫌いな人、苦手な人。』参照)。

 

 さて、それでは今自分はハッピーなのか?と自分に問うてみたんだけど、以前に比べて幸福度は猛烈に上がってはいるものの、とてつもない強敵がいることに気付いてしまった。 

 

 

 

 

 

 それは「過去への依存」。

 

 

 

 

 

 いや〜こればっかりは克服できる自信がない。もしかしたら人類最大の強敵なんじゃないか。

 

 具体的に言うと、「過去の成功体験にしがみ付き、時代が変わっているにもかかわらず、バブル時代のやり方を変えない経営者」とか、「過去の失敗を何度も脳内リピートして、ただひたすらに落ち込んでいく人」等。これらはみんな自分の過去に依存してしまっている状態で、そこから脱却しない限り、物事の好転はありえない。そして、これの最も恐ろしいところは、本人だけが、過去に依存していることに気付けないってこと。

 

 若者に意気揚々とアドバイスをするけど、そのアドバイスが今の時代に合っているか、もっと言えば、その若者に合っているかどうかは考えない。自分の成功体験に盲目的になり、誰がやっても同じように成功できると信じてアドバイスする。本人も悪気がないからたちが悪くて、若者が言われた通りにやって、うまくいかない場合は、「その若者が悪い」ってことにしてしまう。何故なら、自分はそれでうまくいった経験があるから。「こいつがうまくいかないのは、やり方が悪いか、こいつに才能がないからだ」と短絡的に考えてしまう。説教するときも同様。

 

 これはひとえに、年功序列制度が原因だと思うのだけど、人は年を重ねれば重ねるほど、若者から意見される機会をどんどん失う。どんなに意識して、若者の話を聞こうとしている人でも起こりうることで、自分の脳内が更新されないので、自分が時代遅れになっていることに気付けない。仮に若者に意見されたとしても、人は聞いた情報よりも、自分の中の感覚を信じる傾向にあるので、なかなか更新されない。

 

 「過去の失敗を何度も脳内リピートして、ただひたすらに落ち込んでいく人」も同様で、どんなに人に慰められても、自分が「失敗した」「恥をかいた」という感覚以上に、他人の言葉を信じることは出来ない。

 

 

 

 いや〜怖い。全ては自分を客観視出来ないが故の依存なわけで、自分を完全に客観視するには、誰かと魂の交換でもしない限りは難しい。

 

 だから、完全な克服方法はないので、少しはマシな方法を模索していくことになる。今思いつく限りでは、過去の成功体験に依存しないためには、世代を越えた交友関係と、何でも言い合える人間関係の構築しか、方法がないんじゃないかと思っている。随分頼りない方法だけど。

 

 過去の失敗への依存は、「過去の失敗を文章として書き起こし、明文化した後は、その過去については、一切考えない」というルールを自分に課しているけど、全くもって100%の克服ではない。

 

 結局、自分の中で明確な答えが出ないと、これらの呪縛からは逃れられないんですよね。

 

 何かいい克服方法がある人は、ご教授下さい。

 

 

 

 

 

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