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僕はもっと、教育の重要性に気付いて欲しい。

June 11, 2016

 今、発展途上国の貧困について書かれた本を読んでいるんだけど、その国のスラム街では識字率が非常に低く、ある政党がスラム街で髪を切ってあげて、「投票してね」と言えば、簡単に票を集められるんだそうだ。

 

 教育の残酷さは、自分が受けてきた教育の外側からは、決して自分自身を見れないところにある。「メタ認知」という概念を学ぶことで、多少見れるようになるかもしれないが、それでも100%ではない。先ほどのスラム街の事例を見ても、我々日本人の視点から見れば、彼らが読み書きを学び、本を読み、自分の置かれている状況を知れば、髪を切ってくれる政党に投票することが、いかに愚かなことで、自分たちの不幸を加速させているかは、火を見るよりも明らかなのに、当の本人たちは、不幸の原因が教育にあるとは、微塵も思ってない。

 

 発展途上国の話をすると、どこか遠くの、自分たちには関係のない話をしているように思えるかもしれない。だけど、自分たちに置き換えて考えてみて欲しい。我々日本人は、幸せになるための教育を、充分に受けてきているだろうか。確かに先ほどのスラム街の人達に比べれば、幾分マシな教育を受けてきたかもしれないが、視点を未来に置き、そこから今の現状を振り返れば、きっと愚かに思えることや、不幸を加速させている事象に気付けていないことに気付くだろう。

 

 事実、世界中には、幸福になるための方法論が、科学的根拠を持って無数に書籍化されているにもかかわらず、ほとんどの人がその情報にアクセスすることなく、自分たちの不幸を加速させる行動を繰り返している。不幸な人は、周囲を巻き込んで不幸になっていき、不幸の原因が何かを認知できないまま周囲を憎む。その憎悪がさらなる不幸を呼んで……。

 

 そして、ほとんどの人が、教育の重要性に気付かないまま一生を終える。


 僕の作品「静寂の音」も、「誰も教育に興味を持っていない現状で、この作品を発表したところで、見向きもされないだろう」という感想を一部いただいた。そうなのだ。みんな教育に無関心なのだ。

 

 教育とは、「過去の自分が不幸であったことを、認知させるためのもの」なのかもしれない。幸福になるためには、自分の現状が不幸であることを知る必要があり、その事実を突きつけられることが、教育に対する恐怖や憎悪を生んでいる。

 

 そのあたりは、やっぱり教育者の腕によるところが大きいんだろうなぁ。

 

 プロの教育者とは、教育の残酷さを知ったうえで、より長い視点や、より広い視点を学ぶことの重要性や楽しさを、寄り添いながら気付かせる人のことを言うんだと思う。それさえ理解していれば、被教育者は自ら学びを欲するようになる。

 

 何度でも言うけど、大人こそが、教育者こそが、教育を学ばなければならない。

 

 

 

 

 もちろん今日の記事は、僕自身、自分が受けてきた教育の外側には出れていないことを、認知した上での記事である。

 

 

 

 

 

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